若年性認知症と生きる

現在64歳。若年性アルツハイマー病になった母・まさこちゃんの介護そしてまさこちゃんの生活やことばを綴ります。

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どこかでわかっている

先週、発作を起こしてびっくりしました。
以前にも起こしたことがあって、きいてはいたのですが、そのときはちょうど面会時。
いやぁ、ホント一瞬、「ああ、この時(最期)が来た」と思ったのですが、命には別状なかったです。

そんなこんなで、その後が心配で頻繁に面会に行っていました。

まあ、症状は落ち着いているとわかった頃、なんと、発症後疎遠になっていたまさこちゃんの弟さん(叔父)夫婦から連絡があり、会いたいとのこと。

嬉しくて嬉しくて。

というのも、こちらに呼んでからまさこちゃんへの面会は私とうちの子だけでした。
身内、しかもまさこちゃんの直接の身内が会いに来てくれることはなく、それもまさこちゃんの人徳のなさかな、仕方ないかななんて思って、いろいろ諦めていたので、本当に嬉しかったです。

私も小さい頃からとてもお世話になっていた叔父だったので、むしろご迷惑になってはいけないと思って、最低限の連絡以外を控えていました。
なので、会えることも話せることも、本当に嬉しいことでした。

近況を伝え、近況を聞き、とても懐かしい思いと、今のまさこちゃんをみて、ショックを受けないように、事前に様子を話して特養へ。

叔父も叔母も、至って明るく接してくれました。
まさこちゃんも、叔父の声に時折笑い顔や笑い声を出してくれて、ああ、それだけで良かったなと思いました。

別れ際「いろいろがんばれよ、こっちに来たら顔見せて」と声をかけてくれました。
私も、「大丈夫、まかせて、最期まで私が」と笑顔で言えました。
疎遠になっていた関係が一歩近づいただけで、私はとても満足でした。

1人で看ている方が、いろいろなことを1人で決められて、家族内で揉めることなくできて、楽だと思っていました。
だけど、ブログでぼやくようなことを、もともとのまさこちゃんを知っている身内と話すこと、共有し共感してもらえること、最期の時の話ができることがこんなに救われたような晴れやかな気持ちになることを初めて感じました。

介護って、親を看るって、本当に奥が深い。

うんうん、そうだね、色んな思いを経験するよねと共感してもらえたらイチポチ嬉しいです!

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私が私らしくいること、私の生活を優先した介護をしていることにも、「それでいい」と言ってもらえて。
父を早くになくした私には、父親のような兄のような叔父のことばは、心を軽くしてくれました。

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春。更新手続き+身障手帳申請。

暖かくなりました。
ちょっと前に、まさこちゃんのところに行ってきました。
春休みの子どもたちを連れて。

IMG_20170404_131000 (2)
子どもたちを連れて行くと、この表情。
呼びかけに、ワンテンポ遅れて「はぁい」と小さいながらに返事をしたり、動きに見入ったり。
どう捉えどう感じているかはわからないけれど、とにかく表情は良かったです。

最近、服が少なくなって…。小さくなったり、傷んだり。
それで、誰からか譲られたようなフリースの毛玉だらけのハイネックシャツとかを着ていました。
いくらなんでも可哀想過ぎる…。いかん、これはいかん。
と、薄手のトレーナー、長袖シャツを、この度頂いた臨時給付金(低所得者高齢者向け)を使って、数枚購入。
まさこちゃんが頂いたものを、ちゃんと使うことが社会への還元というものですよね!
洗濯機で洗えて、だけどレースや刺繍などがさり気なくついているものを、子どもらといっしょに選びました。
はきぐちがゆるゆるの靴下も新調!

持っていったときも毛玉フリースを着ていたので、早速着替えさせると、子どもたちが
子「わぁ!まさこちゃん、かわいいよ!」「似合ってるね!」「やっぱりこれがいいと思ったんだよ」
と褒めちぎりました。
うふふ。やっぱり褒められると嬉しいもんだよね。

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5月で今の特養に入って4年目に入ります。
こっちに引き取って6年。診断から9年になりました。

自立支援の受給者証精神保健福祉手帳の更新手続きの時期でもあります。
かかりつけの医師に診断書を頂いて、手続きをしました。

精神の手帳は今のところタクシーチケットくらいしか恩恵はありませんが、自立支援と平行して申請ができるので、とりあえず更新。自立支援は服薬を中心として、往診とかに役立っています。

そして、今年は、身体障害者手帳の申請もしてみようかなと思っています。
施設の相談員さんと相談した末に、申請してみることにしました。
要介護5で完全寝たきりなので、廃用症候群として、適応になるのではないかという。
あと、水分の飲み込みが危うくなってきたり、褥瘡予防なども必要になってくるだろうということから、医療的福祉的な支援が得られるように。
認知症自体が申請対象ではないこと、現状だとまだ身体障害と言えないと言われるかもしれないことから、申請が通るかどうかはわからないけれど、等級がどうなるかもわからないけれど、一度やってみようと思います。

あと、老齢基礎年金を受給する年齢にもなります。
その手続もしなくては。

直接介護は施設にお任せできますが、これらのことはお任せできないこと、私しかできないこと。
私しかできないことは私がしっかりやらないとね

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まさこちゃんの部屋に桜の香りがほんのりする芳香剤を置きました。
窓からの景色はもうすぐ芝桜の丘が広がる予定です。

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新しいCD

年明けからなかなかまさこちゃんのところにいけていませんでした。
申し訳無さから、CDを追加で5枚位作って持っていきました。

聞いていた記憶はないけれど、その時代なら懐かしいであろうものをセレクト。
・ユーミン
・さだまさし
・チューリップ
・中島みゆき

まさこちゃんは若くして結婚・出産したから、私の記憶にもあるくらいの懐メロがまさこちゃんの全盛期だったとおもうので。

さだまさしを聞くような人ではなかったのですが、でも、今聞いたらきっと好きかなって気がします。
歌に方言が出ているわけではないのですが、なんとなくさだまさしの口調やイントネーションは、どことなく懐かしく感じてしまいます。
まさこちゃんにも、それが伝わるような気もする。
柔らかい笑顔を見せてくれます。(←スマホの充電が切れてシャッターチャンスを逃す娘…ごめんなさい)
私や子どもがやいやい声かけるより、静かに昔に触れて懐かしむ時間が、今のまさこちゃんにはいいリハビリなのかな、と思います。

ほんと、私にはもう、そのくらいしか、まさこちゃんにやってあげられることがなくなってしまったなあ…。
穏やかに過ごさせてあげる環境は提供できているけれど、私が手を貸して何かをサポートする直接的な介護は、何一つできていません。
放棄したと言われたら、何も言い返すことばもありません。

でも見捨ててはないからね、まさこちゃん。
骨は拾って、お父さんとおんなじお墓に入れてあげるからね。

体調など、大きな変化は、今のところなく、落ち着いています。
とはいえ、脳の萎縮が進んでいるので、痙攣や熱発など起こりやすくもなって来ます。
痛みやしんどさもすぐに忘れてくれていたらいいな。

口から食べ物も、今のところ大きく形態を変えずに食せているそうです。
食べていることを忘れて、咀嚼嚥下をやめてしまうことも増えたので、声かけがたくさんになってきたようではありました。
食後の口の中の残渣も増えてきて、歯磨きの時にスポンジブラシで取っているとのこと。
また、水分に強めのとろみがつき始めたようでした。
水分量を確保したい意向があるようでしたが、
まだ水分でむせたりしていないようであれば、とろみを緩めにしてもらったり、半分とろみ、半分は水分のままにしてもらったほうが、むしろ口の中の残渣は少ないかもしれません、
食後の固形物の残渣も水分のとろみを緩めて食後に飲むようにしてもらったほうが残りにくくていいかな
と話しました。

顔見知りの職員さんではなかったので、
「たまに来たかと思ったら、介助方法にクレームつけてきた」
って思われたかもなあと、帰り道反省しつつ、
せっかく自分の専門職がまさこちゃんの生活に活かせるなら役立てたいので、今度担当者会議で確認・話してみようと思います。
          ↑
    あ、言語聴覚士です。

てか、話すだけでなく、自分が介助しに行ったりして、ちゃんと見ている姿を職員さんにも見てもらうところからかな。
介助に来てもいいらしい(←知らんかった、ダメかと思ってた)ので、時々自分の晩御飯も持参して、食事介助に来ようかな。
…介護と言うよりリハビリになってしまうけど、まあいいか。

近々、精神保健福祉手帳と自立支援医療の更新をしないとです。
今年は両方を更新しないといけないのですが、手帳の更新をちょっと迷っています。
そのあたりはまた今度書くことにします。

だらだら書いちゃう私にいちぽち

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特養のそばにある梅園が満開~散り際でした。
梅園の足場が車椅子では難しいので、いけてはいないみたいですが、とてもきれいでした。
もうちょっとしたら、芝桜でいっぱいの丘が部屋から見えます。
まさこちゃんには認知できないかもしれないですが、そんな景色が部屋から見えるなんて、羨ましいです。

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情報があふれて

久々に介護情報のサイトをサーフィンしました。
ここ最近の介護事情や、利用できるようになった新しいサービスなんかはないか、調べようと思って。

私もまさこちゃんを引き取るときに、インターネットをフル活用していろいろな情報を探し回りました。
特に当時のまさこちゃんは要介護3、まだ歩行していて、簡単な会話でのやり取りができました。
記憶が曖昧で数分前の記憶はすぐに消えてなくなるくらいでしたが、何より若い、足腰がしっかりしていて歩いてどこまでも行けました。
だから、なかなか受け入れてくれる施設を探すのは大変だったな。

当時(6年前)私が二人目を妊娠していて、在宅での介護はとても考えられなかったので受け入れてくれる施設を探し回りました。
当時でも割りとネットで調べたりメールで問い合わせたりできたのですが、今もこういった情報はネットが頼みでもありますね。

でも、今のサイトを見ていると、施設介護を諦めたほうがいいような表現のサイトが増えたなと感じました。
在宅に比べて施設介護のほうがお金がかかりますよ、とか
住み慣れた自宅で過ごすほうが進行を緩やかにする、とか
特養の空き待ち300人、とか。

在宅の介護が立ち行かない、事情があってそうしたくてもできない、そういう人にとって
「施設介護はお金もかかるし非情なことよ」的なことを遠回しに表記されると、
調べていてとてもしんどく感じるし、情報が偏っているなと感じる内容が多かったんです。
施設は有料老人ホームを基準に書かれていて、特養や老健の情報が少ない。
そりゃ特養や老健は入所待ちが多くて、それを待っていられない場合に有料老人ホームを選択するという場合が多いからだとも思うけれど。

姑さんは実母を別居で近所介護しているけれど、本当に精神的なストレスが大きく、割り切ってやっていながらも、時々そのしんどさを聞かせてもらっている。
あの世代(60代)は私ら世代(30~40代)と比べて、外のサービスを使うことに罪悪感も持ちやすい上に、『施設を使うほうが費用の負担が大きい・やっぱり家族介護が一番』なんて振られたら、なおのこと自分らで抱え込んだ介護をしがちだと思う。

今、行政側も、施設を建てるより在宅介護を支援するための施策に力を入れているようにも感じるので、それに押されたような情報になりやすいのかもしれない。
だけど、必要な人が必要なサービスを選ぶために、いろいろな取組がなされていること、いろんな負担軽減を受けられること、介護する人も介護を苦にせず取り組めるような安心できる情報を流してほしいなと思う。

たくさんあふれた情報の中から、正しい&具体的な対応策を提供してくれるのは、やっぱり介護している当事者のブログやホームページだなと痛感する。

私は施設の利用者として、「介護する側の声」を載せたいなと思うし、「あなたは施設に丸投げして楽しているよね」と思われるかもしれないけれど、それはそれなりの思いや悩みがあるんだと言うことをささやかに声に出していければいいな。
(強く主張は、しないところに、私なりの後ろめたさもあることを、察していただけると嬉しい…。)

むらさきが好きだったまさこちゃんにイチポチ!!

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まさこちゃんは年明けからも変わらず緩やかに過ごしています。
刺激の少ない生活なのは否めませんが、病気になる前の波乱万丈を思えば、それもアリだと思うのです。

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帰りたくなったよ

なんか、この話、もしかしたらどっかでしたかもしれないのですが、
私はいきものがかりの「帰りたくなったよ」という曲を聞くと、
まさこちゃんの診断がついた頃、
徘徊してとんでもなく手がつけられなかった頃、
先が見えなくて途方に暮れながらこっちと実家を行き来していた頃を、思い出します。
ちょうどその頃リリースした曲だと思うのですが、やたらと流れていて、
その頃の心理と近くて、
その頃のまさこちゃんとのやりとりを思い出してしまいます。

ちょっと前まで、これを聞くと泣けてきて、発病していても元気だった頃を思い出して、
歩けなくなったこと、私を忘れてしまったことがしんどく感じてしまっていたのですが、
今はなんか、その頃を思っても、少しだけキュッとなるけど、今でいいやとも思えるからか、
泣けるほどではなくなって来ました。

「帰りたくなったよ、君が待つ街へ。」
この君はまさこちゃんを
「帰りたくなったよ、君が待つ家に。」
この君は、佐賀から戻るときの旦那と家を思い出します。

まさこちゃんと数ヶ月ぶりに会うたびに進行し、5分前のことを忘れ、会いに行っても会いに行ったことさえ忘れられ、虚しく感じたことを、旦那に聞いてほしいと思いながら、バスを降りて家が見えると早足になって泣きながら帰ったこと。

病気を理解はしたものの、なかなか現実として受け止められていなかったのかもしれないです。

逃げたかった、まさこちゃんから。
でも逃げられなかった。

そんなあの頃はあったものの、今こっちに迎えて5年。
穏やかに緩やかにすぎる日々があります。

きっと。あの頃の私と同じような気持ちで、今、親や配偶者の方を見つめている方がたくさんいらっしゃるでしょうね。

私のように、
大好きでも仲良しでもなかった親をみなくてはならない、
なんで私が、
いちばん手を差し伸べているのに一番手を払われて、
いちばん蔑まれ恨み節をぶつけられ、
腹立たしい思いを飲み込みながら、あるいは投げ返しながら
それでも手を離せないで、見守り続けている方が、きっと。

がんばってる。よくがんばってる。

一番の波乱万丈を乗り越えたら、
私はやっぱり、まさこちゃんを見ることになったことは、
良かったと思えていますので、
きっとそう思える日も来ると思いますので、
それまでは
いろんなひとの手を借りて、
いろんなひとの意見を聞いて、
自分に一番無理のない方法を探して
乗り越えていきましょう。

いちぽち、やったね

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最近、10年前のまさこちゃんのパスポートを発見!
運転免許証を見つけたときと同じくらい、
私が知っているまさこちゃんはこれだって顔をしていました。

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